バスケットボールと親父 ~新年のご挨拶~


あけましておめでとうございます。
2017年の幕開けでございます。
本年も宜しくお願いします。
と昨年の今頃は何を想っていたかなぁと思い返してみました。

やっぱりこの人だぁ

2016年のLAST GIGSをもって引退された
「氷室京介」さんのライブに行きたい!!と強く願っていましたね。
今日は「BOOWY」のボーカル
「氷室京介」さんの話を書きます。
で先の「THE MODS」のブログ記事のなかに、
私がコピーバンドをしていたことを書きましたが、
その前は「BOOWY」のコピーバンドをしていました。
「ヒムロック=氷室京介」に憧れていた時もあり、
BOOWYの曲はほとんどコピーしていたんじゃないかと思うぐらい、
メンバーみんなも大好きなアーテイストです。
※実はその前は「THE ALFEE」のコピーバンドをしていました。
その話はまた改めて書きます。

氷室京介さんライブ活動終了

氷室京介さんは、
今年の5月21,22,23日 に公演された、
「KYOSUKE HIMURO LAST GIGS」
東京ドームでライブ活動を終了されました。
このライブ活動終了=ライブ活動引退となります。
音楽活動(作詞、作曲)は行われるようですが、
ライブされないのは、
残念で仕方ありません。

ルーツはここにあり!

前バンドのBOOWYにつきましては、
1988年4月4日、5日の東京ドームで
LAST GIGSが公演されて
解散となりましたが、
このLAST GIGSはチケット発売何分かで
回線がダウンした伝説があり、
バンドマンの憧れの存在でした。
それから28年たった2016年、
ヒムロックがライブを引退することから、
くしくも「LAST GIGS」
が行われることになりました。
この「LAST GIGS」では
ファンの皆様もそうですが、
やはり盟友の「布袋寅泰」さん
との競演、更には「BOOWYの復活」
を期待されていた方も多いと思います。
私も「BOOWY復活」「布袋さんとの競演」
を最後まで期待していましたが、
実現しませんでした。

LAST GIGSに参戦

それでも、ヒムロックのLAST GIGSに
参戦させて頂きました。
やはり最後のステージになりますので、
目に焼き付けたい気持ちが強くなり、
抽選に申し込み、
チケットをゲットする事ができました。
でライブ当日、1曲目は「Dreamin’」
という曲でスタートしました。
この曲は、BOOWYのLAST GIGS で
最後の曲になります。
この曲でのファンの盛り上がりは半端なく私も
右こぶしを上につきあげ、
ヒムロックと一緒に歌っていました。最高でした。
その後もBOOWYの曲を混ぜて、
ヒムロックのソロ曲も演奏がありましたが、
名曲ばかりでとても満足して本当に思い出になりました。

ライブ活動引退の原因

ライブ活動引退のきっかけとなった耳の不調ですが、
ボーカルが耳にしている、
「イヤモニ」というものがありますが、
やはり聞こえにくいのか、何度も意識されていたり、
時には外して歌われたりされていました。
あっ、思い出しましたがヒムロックは
1987年に公演された
「CASE OF BOOWY」
ではボーカルモニタなしでライブされています。
これは本当にすごいですよ。
だって自分の声がかえってこず、
楽器音しか聞こえないなかで歌うことになりますので。

最後に

想いだけを書きましたが、
「氷室京介」さん、本当に残念です。。お疲れ様でした。

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